富士山を崩壊する「世界遺産」指定

アルピニスト野口健氏 「富士山は世界遺産にならない方がよかった」

 富士山の4登山道が2日、冬期閉鎖で通行止めとなり、夏山シーズンが終わった。にもかかわらず、登山者は一向に後を絶たず、自治体や警察が自粛を呼び掛ける事態になっている。今夏は世界遺産登録で“にわかクライマー”が急増したことも話題になったが、富士山の清掃活動を続けてきた世界的なアルピニスト野口健氏(40)は、「富士山を世界遺産に」と発言したことを猛烈に後悔しているという。その真意とは――?

<覚悟がなければ“危機遺産入り”も>

「富士山を世界遺産に」のイメージが強いからでしょう。登録後は会う人、会う人、僕と目を合わせるたびに「おめでとう」と祝福してくれます。だけど、僕は素直に喜べない。ホンネを言えば「登録が見送られればいい」とさえ思っていた。なぜなら「何のために世界遺産を目指したのか」。その肝心な部分が見えないからです。

 日本人は「世界」に評価されることが本当に好きなんだよね。しかし、評価され、世界遺産に登録された後、観光客がワッと押し寄せ、環境破壊につながったケースは多い。屋久島や知床とかね。富士登山者数はひと夏だけで、約30万人。あの標高では、世界に例のない数です。

 ただでさえ多い登山者が世界遺産によって激増する。すでにさまざまなトラブルも起きています。山小屋は足りず、御来光を拝みたい人は、自粛を呼びかけても弾丸登山するしかない。肌寒い山頂で日の出を待っていれば、トイレを我慢できなくなる。岩陰でソッとするしかないよね。バイオトイレはあるけど、一定の利用者数を超えれば、バクテリアの分解は追いつかない。そうやって自然が破壊されていく。

 ゴミ規制も後手後手だよね。数年前から外国人の富士登山者が増えてきたけど、ガイドが彼らにポイ捨てを注意すると、逆ギレされる。「僕らに雇われているアナタが拾え」って。日本流の「持ち帰りに協力を」は国際社会では通用しない。

 米国の国立公園では、ゴミを捨てた途端にレンジャーが飛んで来て、場合によっては罰金を徴収する。悪質だと判断されれば即、逮捕ですよ。世界遺産になって外国の登山者が増えれば厳しい国際ルールを当てはめなければいけないんです。受け入れ態勢を置き去りにして「世界遺産ありき」で突っ走ったツケを今後、我々は支払わされることになる。本当の修羅場はこれからです。

 富士山の課題はそれこそ山積みなのに、メディアは「世界遺産バンザイ!」一色。僕が出演した番組の裏でも「野口さん、否定的なコメントはちょっと」と、やんわり口止めされた。明るいニュースに飢えた世の中だから、喜びたい気持ちは分かる。けど、富士登山をあおれば、現状では破壊につながる。加担する責任をメディアは自覚しているのかな。

 ユネスコは登山客の増加を放置すれば、山が崩壊するとも指摘しています。富士山の自然を守るためには、まず入山規制しかない。世界遺産を守るには覚悟が必要なんです。

 かつてユネスコの「危機遺産リスト」に登録されたガラパゴス諸島の入島制限は厳しいですよ。僕が訪れた時の入島料は100~200ドル程度。上陸許可時間は1~2時間に制限され、島でのトイレは厳禁です。だから皆、できる限り水分摂取を我慢して船に戻ってから用を足す。そうした努力によってガラパゴスは「危機リスト」から外れた。生態系を厳しく守っているからこそ「付加価値」が生まれ、世界中からお金をかけてでも人が来てくれる。

 富士山もガラパゴスを目指すべきだし、それが長い目で見れば観光にとっても絶対プラスになる。こうした程度の覚悟がなければ、「富士山の世界遺産取り消し」、いや「危機遺産入り」というニュースが待っているだけです。
--------------------------------------------------------------------------
 
富士山を「世界遺産」に指定されて喜んでいる人は、よく読んでもらいたい。