ベッキー、SMAP報道 「どうでもよいこと」に使われ続ける私たちの時間

13日からイタリアを訪れているが、インターネットで見ると、日本メディアの世俗的話題はタレントのベッキーさんの「不倫交際」問題と、SMAPの解散問題らしい。そんな話題は1年もたたずして忘れられるし、社会的にも目新しいことではない。しかし、「そんなこと」が、テレビを中心に国民的話題となり、石破茂地方創生担当相までが「キャンディーズの解散に匹敵する。解散してほしくない」と、SMAPの存続を希望する事態となっている。(SANKEI EXPRESS)
 しかも、それが通信社電として外国にまで流される。となると、この社会情報現象はタレントの人権とプライバシーという問題にとどまらず、日本社会のメディア規範(道徳)とその仕組みについて考える格好の素材となる。

その意味では、ベッキーさんやSMAPに関する報道は、多くの国民の世俗的関心を高めただけで、本来私たちが有益な情報として心に刻む作業に使うべき時間が、どうでもよいことに使わせられてしまっていることにこそ問題がある。

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共同通信社から、次から次へと繰り出される
どうでもいい情報を消化するだけの日本人。


これを平和と見るか・・
お花畑と見るか・・
蹂躙されていると見るか・・

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よく日本が崩壊しなかったよなぁ。。。

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危ないところまで行ったと思うけど。

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