世界の工場であった中国の終焉

とうとう中国でも、人件費が高騰してきたか。

そりゃ、お金をたくさん刷れば、インフレになる。

そして、人件費が上がる。

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MADE IN CHINA終了のお知らせ

世界の工場と呼ばれる中国。
だが、それはもはや過去形で語られるべき時が来たようだ。
中国が世界の工場であるためには、絶対欠かせない2条件があった。
・人件費が安いこと。                                             
マンパワーが豊富であること。
この2つの前提条件が、いまや崩壊の危機・・・いや、完全に崩壊しつつあるのだ。

中国経済が発展するにつれ、中国人の人件費も高騰するのは当然である。
数年前から多くの外資企業はそのことを予測し、着々と東南アジアやインドなどに製造拠点を移してきた。
だが、人件費の高騰は多くの人の予想を遥かに上回る速度で進んでいる。
その理由の一つは、中国が深刻なインフレに見舞われつつあるからである。
今更言うまでも無く、これは為替レート操作という劇薬の「副作用」である。
中国では、この3年間での通貨供給量が2倍に跳ね上がっているのだ。
その資本が流れ込む場所がお馴染みの不動産市場なのだが、食品などの物価も急激に上昇しつつある。
そのため、人件費を上げていかないと、中国人の大部分を占めるワーキングプア層は生活できなくなる。

もう一つの理由は、中国人労働者が工場労働を嫌っている事だ。
数年前までの中国といえば、一声かければ何十人、何百人というブルーカラーを容易に調達できる魅力があった。
今でもそういうイメージを持っている人がいるかもしれないが、それは完全に過去の話である。
中国国内の工場は、ほぼ全ての工場が人手不足に悩んでいる。
人間の多さ、マンパワーの豊富さだけはどこの国にも負けなかったはずの中国だが、
人々が過酷な労働条件に疲れきったり、工場労働を蔑むようになったため、まさかの人手不足に陥っているのだ。
かくして、工場労働者の数が不足し、工員の人件費を更に押し上げる要因となっている。

管理人の会社も小規模な自社工場を所有するようになった。

最も頭の痛い問題は工員探しである。
単価が比較的高い商品(高付加価値製品)を生産しているため、
人件費が少々上がった所でどうという事も無いのだが、それでもなかなか人が来ず、
生産力不足のために事業規模を思ったようには拡張できていないという状況にある。
工員探しをしていると、待遇の問題というよりは、とにかく工場で働きたくないという意識をひしひしと感じる。

状況の変化は激変というに相応しく、3年前までの中国では勝ち組はホワイトカラー、
負け組みはブルーカラーという図式やイメージがはっきりしていたが、実は状況は既に逆転しつつある。
機械の一部品でしかない単純労働者はいつの時代でも底辺だが、
一応の技術を持っている中卒のブルーカラーは、既に大卒のホワイトカラーより事実上高給取りなのである。
この事はまだ中国人でも知らない人が多いだろうが、厳然たる事実である。
更に言うなら、現地で日本人スタッフを探す方が、1人の技術者を探すよりも楽であった。
高度な物でなくとも、技術を持ったブルーカラーを獲得するのがどれほど困難か想像してもらえるだろうか。

低付加価値の量産品を生産する工場が中国から淘汰されるのは分かっていたので、
比較的単価の高い商品を扱うビジネスで起業し、工場撤退後の失業者の群れから高度な技術を持つ者を釣り上げる、
という基本戦略を抱いていたのだが、まさかまだまだ貧しい中国人が工場労働を避けるようになるとは正直予想外だった。

一方で、中国の就職難は日本のそれよりも遥かに深刻だ。
大卒のホワイトカラーを雇いたければ、中国の掲示板に捨てアドを晒しておくだけで何十件もの応募が来る。
手数料、仲介料を払って人材を探してくれる会社など、全く利用する必要は無い。
こちらは使えそう人をいくらでも選ぶことができる。給料もこちらが主導的に決めてよい。

ブルーカラー不足とホワイトカラー余りは、よく言われる「需要と供給のミスマッチ」に原因がある。
以前にも紹介したが、中国人は高校で「大学に行かないと幸せになれない!」と脅迫され、
精神に異常をきたす者も多数出る凄まじい受験戦争に駆り立てられる。
だが、多くの企業はホワイトカラーも欲しいが、ブルーカラーも大量に必要としているのである。
現在の中国は明らかに大卒ホワイトカラーが供給過剰であり、彼らは「蟻族(ワーキング超プア)」となってしまっている。

コスト高と中国人自身の嗜好の変化によって、中国の製造業は急速に終わりを迎えつつある。
長らく世界を賑わせてきた「MADE IN CHINA」の終了を一足早く宣言しても良いだろう。
製造業を失った中国に今後何の産業が残るのだろうか。多分何も無いように思うのだが。

もう少し踏み込んで考えてみると、これらは中国だけの問題では無い様に思う。
中国の次の移転先であるベトナムでは、現在の時点で既に労使紛争が頻発している。
また、権利意識の高いインド人が果たして中国人よりも扱いやすいと言えるだろうか?
東南アジア、インド、中国の貧しい内陸部に移転してゆく工場は、
ほんの2,3年だけ問題を先送りしているに過ぎないのではないだろうか。

大卒ホワイトカラーの過剰供給も中国だけの問題ではなく日本も同様である。
工場労働者や単純作業は外国人労働者に任せておきながら、日本人労働者は高い失業率に苦しんでいる。
国家を問わず、誰もがテレビで見るようなスマートな生活をするホワイトカラーを人生のモデルとして捉え、
大学に行くことが人生の正しい選択であると錯覚し過ぎている。
現実の社会の要請と、各人が夢見る生活モデルの間に大きなズレが生じている状況は各国で共通している。

製造業の脱中国の動きは予想された事態であるし、正しい判断といえる。
だが、移転先は安住の地などではなく、恐らくは中国よりも更に早い時期に脱工場労働の動きに直面するだろう。
グローバリゼーションの名の下に隆盛を極めた「途上国で生産した商品を安値で供給するビジネスモデル」
自体の限界が見えてきたのではないかと考えている。
インドがどれ程製造業に向いた国かは知らないが、インド人が現在の中国人のように工場労働を忌避し始めたとき、
もはや「世界の工場」の役割を果たすことができる国は無いのである。そうなれば安い商品は世界から消える。

現在は物がとにかく安値で売られる時代だが、なぜわざわざ安値で売る戦略ばかりが採用されるのだろうか?
特殊な事情でもない限り、物を安値で売る戦略は最悪の戦略ではないだろうか。
合理的な戦略は、同じ物でもとにかく理由や付加価値をつけて高い金額で売れるようにする事だと思うのだが。
つい最近、友人に日本製のデジカメを買って送ってもらった。
カメラについては全く詳しくないが、使ってみると予想を遥かに上回る高性能さに驚かされた。
大変満足だったので、この場を借りてお礼を言う。ありがとう。
だが気になったのは値段である。約3万円で買うことができたのだが、明らかに安すぎると感じた。
高性能なレンズ、高度な製造技術、膨大なノウハウを集積して、単価3万円で売るメーカーの戦略は正しいのだろうか。
もし相場を知らずに買うとしたら、この商品なら倍額の6万円でも全く抵抗無く支払ったと思う。
そうして利益率を上げれば、社員や技術者や株主も、もっとハッピーになれるではないか。
そう考えると、なぜこんな安値競争をやっているのか分けがわからない。
同じリソースを使って、それ以上の金額を稼ぐのは十分に可能だと思うのだが。

話が大きく脱線してしまったが、ちょうどこの内容を書いている時に中国に進出しているホンダで大規模なストが起きた。
どうやら、MADE IN CHINA終了のお知らせを告げるに相応しいタイミングとなったようである。
一つアドバイス(と言えるかどうか分からないが)を。これからは製造力を確保した人が勝つ。
売る側ではなく、作る側が強い時代が来る・・・多分だけど。


http://www.h6.dion.ne.jp/~ct-labo/china%20life/77th.html